2009年01月12日

今年も空をみあげて 〜ごあいさつ〜

こんにちは天然主婦ゆる子です。

すっかり遅くなってしまいましたが、

新年もあけてはや、12日となってしまいました。

昨日は鏡開き、みなさんお汁粉食べましたか?

私は連休二日が忙しかったので

一日遅れの今日、コトコトと、小豆を煮ています^^


ブログも小正月までには更新をと思いつつ

まだ新年のご挨拶もすんでいませんでした。

こんなペースでほんとうにごめんなさいなのですが

今年もどうぞよろしくお願いいたします^^

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今年のお正月は、遠出もなくゆっくり。

大晦日は、じいじも一緒に家族そろって過せましたが、

お正月はスマイリーは勉強、まりもはアルバイトで幕をあけました。

残った二人、ダディさんと私は、

二日に駅伝を見終えてから

半年ほど前に徒歩10分のところにできた温泉へ行ってきました。

こんな町中なので、なんか不思議な気持ちもするのですが

日本って、ほんとうにあちこちに温泉が湧くんですよね。

あまりに近いので、ちょっと行くのをためらっていたのですが

ずっと仲良しにしてる友達ご夫婦から一緒に行こうと誘われ

それじゃ、遠出もないことだしと行ってみました。


いやぁ〜行ってびっくり、

人の多いことったら。

やはりみんな考えることは同じで

遠出しないで温泉気分という人がいっぱいいるのでしょうか、

いくつもある浴槽も人気のものは、なんだか芋洗いみたい(笑)

でも、お正月早々にぎやかなぬくもりも感じ

なんだかぽっかぽか気分になれました^^



そしてあけて5日からはもうみんなスタート、

いつも冬場は仕事が少し暇になる私だけが家に残ることになりました。

春から暮まで大忙しで、冬にぽっかり穴があいたように暇になる。

なんともバランスの悪い生活なのですが

友達からまわしてもらえる家でできる仕事をしながら

春までは少しゆっくりモードの私です。


さて、そんな私でありますが

もうひとつ、写真に小さな言葉をのせたブログを作りました。

「空が好き、雲が好き」

子供たちもすっかり成長し

私の中のブログも少しずつ変化していくような気がします、

こちらはすっかり更新も減りましたが

写真と、ひと言更新なら少しずつできるかもしれません。

どっちみち更新は少ないと思いますが

ゆる子さん何してるだろうって思ったら、たまにのぞいて

私を感じてくだされば、うれしく思います。

こちらも、私の宝物のような場所ですし、

こんなに更新していないのに、検索からも毎日アクセスがあるので

このままにしておきますが、

更新は、もうひとつのブログがメインになるかもしれません。

それも始めてみなければわからないことですが

いずれにしても、ゆる子は、ゆる子です^^


わがままばかりしますが、色々考え、

このブログもこの1月で三周年、ひとつの区切りということと

実は昨年の夏でいよいよ50代に突入したということもあり

超マイペースでもいいかなって思ったりしています。


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ほんとうにいつもありがとう、

今年もみなさんにとって幸多き一年となりますように祈っています。



イラストby まったりほんぽ









posted by ゆる子 at 14:35| Comment(23) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月25日

港横浜ぶらり歩き♪

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

夏休みももうじきおしまいですね〜

北国では、もう秋風が吹き始めたのでしょうか、

こちらもここ最近は、涼しくて、

はっきりしないお天気の日が続いています。


スマもまりもも夏休み、

まりもは、アルバイトに精をだし、福岡へ旅行にも行ってきました。

スマも勉強に打ち込んでいますが

つい先日ひさびさの中休みといって友達三人ででかけた先で

食べたものが悪かったらしく、

なんとキャンピロバクターという菌が原因の

食中毒になってしまいました^^;

点滴に通い、やっとよくなってきたところですが

すっかり一週間棒に振っちゃいました。

まあ、元気になってよかったけれど

あいかわらずのスマイリーであります。

巻き返し頑張ってね〜〜


さて、ゆる子さんとダディさんは

お盆休み、今年は遠出はやめて、

近くの横浜まで遊びに行ってきました。

港町横浜、行く船、くる船、

港には、いっぱいロマンがあるような気がします。



みなさん、カモメの水兵さんという童謡知ってますか?

カモメ〜の水兵さん、ならん〜だ水兵さん♪

実は、この歌は、この港でできたんですよ

山下公園には、歌碑もありました♪

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そしてこちらは、ほんもののカモメの水兵さん、

なぜかこの鎖がお好き、

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はかにも何本か海へつながっているのに、

いつ見てもこの鎖にみなさんとまってました、おもしろいでしょ^^


それから、後ろに見える氷川丸へ。

今年リニューアルされた船内は、昔のままに再現され

機関室から、操舵室、客室まで見て回れ

あちらこちらから、活躍していた当時がしのばれ

とても楽しく見学ができました。

航空機が盛んになるまえへは、船しか海外へ行く手段がなくて

荒海で、もみくちゃになったこともあったそうです。

戦時中は病院船として、そして終戦後は引き上げ船として

活躍した時もあったそうです。

氷川丸は強運の船と言われて、幾多の困難を乗り切った船ですが

今は役目を終えて、静かに休んでいます。



こちらはチャップリンが泊まったお部屋、


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チャップリンは、この氷川丸がとてもお気に入りだったそうです。



そこから、歩いて歩いて、関内から伊勢佐木町・・・

すっかり夜の灯りに照らされた港横浜。



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ダディさんとふたりで今年も色んなところへ行ったな〜


実はゆる子さん、つい先日誕生日でした。

えっ?いくつになったの?

ないしょ、ないしょ、知らぬが花のお年頃♪(笑)

それでもいくつになっても嬉しい誕生日、

お母さんありがとうの日ですよね^^


こんなふうに、ダディさんと一緒に

また一年歩いてきたいなあと思いました。

そして歩きながら、つい口をついて出るのはこんな曲、

う〜ん、懐かしいメロディーにのせて、夜景をどうぞ♪


ブルーライト・ヨコハマ








それでは、またお会いしましょうね^^






posted by ゆる子 at 20:11| ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

三年目

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

しばらく更新をさぼってしまいましたが、

どうも、まりもの二十歳の誕生日を迎えたら

なんとなくひとくぎりがついてしまったような気がしています。


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さて、このブログも書き始めてはや三年目に突入しているわけですが

実に我が家のいろんなことを書いてきました。

特に子ども達のことは、

まりもちゃん、スマ君と、親戚の子でも見守るように

いつも気にかけてくださり

ほんとうに嬉しく、ありがたいなぁと思ってきました。

そんな子ども達も、もうすっかり手が離れ

ここに子どもの成長を記す機会もすっかり少なくなってきたこの頃

かといって、大切なここを閉じてしまうという気持ちにも

なかなかならないのですが

今までのスローがさらにゆっくりになると思います。

短期の仕事で、

すっかり怠けぐせがついてしまったのかもしれませんね、

更新がなくても元気でいますので、どうぞ安心してください^^


みなさんのところへは、今までどおり、おじゃましますし

もちろん更新もします♪

ただいま子育て真っ最中のお母さん方や

弟や妹のような方たちまで

ほんとうにここにいると、励まされ、元気がでました。


誰かが少しでも元気になってくれれば

そんな気持ちで始めたここでしたが

振り返ってみれば、

むしろ、私がたくさんの元気をもらっていたのだと思います。

これからもバッチリ元気をいただきますので

どうぞよろしく^^


さて来週の月、火の二日間、また超短期の仕事が入りました。

そういえば、年末から出費続きの我が家なんです。

まずは新年早々まりもとスマイリーの授業料ダブル、

それから次に車検
(この時スノータイヤがもうアウトで臨時出費)

それから追い討ちをかけるように、

洗面台の温水シャワーつきノズルが壊れ・・
(17年たってるのでね^^;)

面白いようにお金が出て行きました(泣)

そのうえ、つい昨日

私の引き落とし専用の銀行口座から

保険料が引き落とせない旨通知がありました。

ふだんのお給料は違う口座なので、

こちらへは適宜入金しておかなければいけないのですが

ついつい忘れがちで、残金がなくなっていたようです^^;


ああ・・また振り込まねば・・

早く来月からの仕事が始まらないかなぁ。

今年ほど仕事再開がまたれる年はありません。

元気でがんばらなくちゃ。

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このところ寒さが厳しくなっています、

みなさんも風邪などひかれませんように

元気でお過ごしください^^















posted by ゆる子 at 17:14| Comment(14) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

仕事に行ってきます

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

寒い日が続いていますね、

関東地方は、今朝雪が積もる予報だったのですが

降らずにすんでいました。

雪は見たいのだけれど、ダディさんも今日から出張

子ども達も週明けなので、通勤通学の足に影響がなかったのは

ホッとしました。

受験生のお子さんたちも、ヒヤヒヤのシーズンですね・・



さて、そんな私、このたび派遣の仕事が決まりまして、

明日が初出勤です。

短期で2週間もすれば終わるのですが、

慣れない仕事であることと

実に20年ぶりの電車通勤ということもあり、

慣れてペースができるまでは、更新はお休みすることにしました。

で、きっと慣れたころ、仕事が終わると思います(笑)

毎日がフルタイムではないので、きつい仕事時間ではないのですが

土日の出もあったりなので

みなさんのところは、行けるときに、

じゅんぐりに遊びにいくかもしれませんが

しばらく読み逃げになってしまうかもしれません・・

仕事は受験に関する入力と受付です、

もともと、そそっかしいので、

くれぐれもミスはしないようにと思っています。


つい先日も自動改札機を通った時に、切符を取り忘れた私

これってとり忘れると、

また機械の中へと吸い込まれてしまうんですよ。

JRのお兄さんに取り出してもらおうと頼んだのですが

さて、どの機械を通ったか、わからなくなってました(笑)


ああ、気持ちをビシッと引き締めて頑張らねば・・

それでは、みなさん、行ってまいりますね^^





posted by ゆる子 at 15:58| Comment(13) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

心配かけました

昨日は、ほんとうにご心配をかけました、
入院でもしたならいざしらず、今ここに元気でいるので
心配かけっぱなしじゃ、いけないと思い、書いています。

しばらく更新できない情況になるといけないと思い昨日は書いたけど、
やっぱり書いてから、ああ、これじゃただ心配かけっぱなしじゃないか、と反省していました。
事後報告でもよかったなぁと。
そして幸いここに元気にしている私がいるので、ご報告までです。
結論は、軽い狭心症の発作らしいとのことでした。

一昨日の晩、お風呂で髪を洗っているときに
なんだか胸騒ぎのように、胸に重いかたまりができ、あたまがぼーっとしてきました
まずい、脳貧血かなと思ったのですが、ぜんぜん未経験の感覚で
頭から血の気が引いていくようなそれとは、あきらかにちがい
かえって胸の重苦しさが、だんだん肩から頸にかけのぼっていくのがわかります。
やばい、このままのぼって頭でゆきどまって破裂しちゃうかも・・
そんな今まで感じたことのない危機感や不安感でいっぱいになりました。
ぼーっとしていく頭でどうしよう、どうしよう・・
このままじゃ、すっぽんぽんで、髪はシャンプーだらけだ・・
なぜかそんなあられもない姿で救急車に乗る自分が頭をかけめぐりました。
頭はパニックになりながら、深呼吸をして
しめつけられるように痛む頸にシャワーをかけ続けました。
とにかくここから出て横になりたい。
ちゃんと髪を流したかもわからない状態でリビングへ行ったとき
まりもが目を点にして、おかあさんどうしたの、そのかっこう・・
と言うのに、
なんだかおかしいの。
そういうのが精一杯でした。

それからソファーにくずれたまま横になり
第二波、第三波と胸から肩、頸への痛みの波がくりかえしつつ
少しずつ弱くなりながら、だんだんおさまっていきました。
その間家族も青い顔、
おさまってきているから大丈夫という私をみながら
時間にすればものの15分くらいことだったのですが
生きた心地がしなかったようです。

そして昨日の病院。
やはり情況をきいて、早急に検査をしてくれましたが、
それでも9時について終わったのが4時間後のこと、
心臓疾患の元凶ともなる、肥満も高脂血症も高血圧もなし、
成人病とは無縁とすっかり安心していたのですが
私の場合は父がこの狭心症の持病があること、
そしてこのところ睡眠不足が続いて、4時間を切る日もあったこと
またちょうど前々記事で書いた上司と行き違いがあったこと
そしてちょうど時を同じくして、
ダディさんの会社でのあれやこれやが重なったこと。
そんなもろもろが一過性の高血圧や、
心臓の変化を起こしていた可能性もあるらしく
また左の肋骨がひとつ無いことも、
心臓に見えない形で負荷をかけることもあるとのこと
そんなこともしっかり原因になるということでした。

今度は心臓に負荷をかけた検査もするということですが
情況としては、もうすっかりおさまっていて、元気です。
ただ、処方されたニトロペンという薬の袋には
胸が苦しい時、と但し書きがされ、
いつも携帯するようにとの注意もされました。
それを見れば、これくらいで済んでくれてよかった
という気持ちもあらためてするのです。

喫煙は厳禁。
はい、吸いませんから大丈夫。
で、お酒は? すかさず訊いた私(笑)
そうね、体調が悪いときでなければ軽い晩酌くらいなら、
むしろいいかもしれません、もちろんがぶ飲み厳禁ですよ。
はい、わかりました^^
と、いかにも私らしい結末となりましたが、
やはり忙しすぎる情況はからだにいいわけはないということで
仕事も家事も立て込む今月いっぱいは、
ブログは休んでくれというダディさんの希望も素直に受け入れることにしました。
かなり心配かけましたのでね。

もちろん年末のご挨拶はしますし、
みなさんのブログも楽しみに読ませていただきますが、
今月は体調重視で動きます。
やっぱり歳なのかなぁと実感した今回のこと、
昨日はとにかく眠りに眠りました。
みなさんも、他人事でなく、ほんとうに気をつけてくださいね、
さて、こそっと更新も、これでしばらくお休みします。

ここで出会ったやくさんの方、心配してくださったみなさんに、
心からありがとう。





posted by ゆる子 at 11:04| ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

お知らせ

こんにちは天然主婦ゆる子です。
実は昨日の夜遅く、今までに経験したことのない体調不良に
みまわれました。
言葉はよくないのですが、やばい。という感じがぴったり。
あきらかに脳貧血とかとは違う情況であせりました。
幸い家族がいた時だったのですが、
ここのところ少し思い当たることもあり
今日病院にも行ってくることにしました。
こうして書いているくらいなので、今はすっかりおさまっています。
けれど、まずは家族のために健康でいるのが、
私の一番のつとめだと思っています。
ダディさんからも、しばらくパソコンは禁止という指示を出されてしまいました。
情況がわかったら、またお知らせしますが、
とうめん、コメントやお返事、そして更新も休みます。
ご心配おかけしますが、元気でいるための休みなので大丈夫。
メールの返信も休むので、どうぞ心配なきようにお願い致します。
いずれにせよ、またご連絡しますし、
今はこうして元気にしていますので
(ダディさんが寝てるうちにPC^^;)ご安心ください。
みなさんも、くれぐれもご自愛くださいね^^


ゆる子より







posted by ゆる子 at 05:39| ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

師走の心模様

こんにちは天然主婦ゆる子です。

早いものでもう12月、うかうかしてたらもう6日。

ああ、年末は忙しいなぁ

子供の頃はクリスマスや年の瀬がある12月が

なんとなく心うきうきして好きだったのですが

今は忙しさを一手に引き受けなくてはならない立場、

う〜ん、できたら12月はパスしたいくらいです(笑)



さて、そんな一昨日のこと

実は、職場の上司とささいなことから行き違いがあり

かなり落ち込んでいました。

お互いにずっと信頼できていたと思っていたその人を

私の不用意な言葉で傷つけてしまったようです。

私としてはあくまでも仕事上のことで、

まったくそんなつもりはなかったのだけど

言葉というのはちょっと間違うとするどい刃物のように

人の心を傷つけてしまうのですね。

私のまったく思いもよらぬほうへと事が展開しました。

そんなことで揺らぐ信頼じゃないと思っていた

私の甘えもあったのでしょう。


一度出た言葉は消せない、

このショックと、この気持ちはどうしようもできないと言われ

家に帰ってから私自身も泣けてしまって、

真剣に転職も考えようかと思ったほど。

ただそこで、いや待てよと立ち止まりました、

それより先にすることがあるだろうと思いなおしたのです。


その上司というのは、まりもの友達のお母さん

だからなおさらややこしいとも言えるのですが

彼女が信頼できると見込んだ人をパートで少しずつ増やし

今や7人のサムライとも言われているパート勢が同僚7人。

外回りの正社員の方たちのほかは、

社内で私たちがメインでデータ処理をしています。

私が入社したのが、もう7年ほど前のこと

そして実に彼女が一番に誘ってくれたのが私だったのです。


少々感情の起伏の激しいところもあるけれど

とにかく一本気で、

人に言うだけ自分もその数倍の仕事をこなせる人。

私も上司として信頼もし、尊敬もしてきた人です。

このまま、たった一度のことでこの職場を去るのも不本意なこと

まして一緒に毎日過す同僚は気心の知れたいい人ばかり

女性の職場特有の気づかいもまったく必要のない雰囲気です。

この歳での転職もおいそれと見つかるわけでもないだろうし

そして何より、信頼してきた彼女に

私の気持ちをきちんと話さないまま終わりにするわけにはいかないと

そう思いなおすことができました。


そして私の正直な気持ちを手紙にしました。

書くだけ書いて、それが通じるかどうかは二の次。

とにかくわかってもらえなくても、できるだけのことはしよう。

そして意図したものではないにせよ

何より彼女を傷つけてしまったことはきちんと謝りたかったのです。


翌朝、子ども達を送り出してから

出社前の時間に彼女の家に手紙を持っていきました。

その日の仕事が始まる前に、

気持ちだけでも伝えておきたかったから。

おどろく彼女に

「昨日はほんとうにごめんなさい」

そう言って、前夜友達から送っていただいたばかりの

ピカピカの林檎と一緒に手紙を渡しました。
(じゅんさん、ありがとう^^)

伝えたいこと、謝りたいことは書いたはず

それでも行き違ったままなのであれば

それはそれでしかたないことだと思いながら家にもどりました。


それから一時間後、不安な気持ちをかかえながら出社したのですが

そこには彼女の笑顔がありました、

ありがとうと言われ、気持ちがすーっとほどけていきました。

そして翌日の今日、朝一番

返事書いたから読んでね、と、彼女から手紙を渡されたのです。


昨日は手紙と林檎をありがとう
気持ちじゅうぶん伝わりました、そして理解しました。

そう始まった手紙

最後は、

あの事があったからこそ、より親密になれた気がします
人はぶつかって、相手の気持ちを理解できることもあるのですね。

そういう言葉で終わっていました。


私の心からすーっと霧が晴れ

穏やかな太陽がいっぱいに広がったような気持ちになりました。


あとわずかとなった今年も、

なんとか無事に仕事を勤めることができそうです。

いろいろあってこその人生

年の瀬のあわただしさも、

また楽し、と思ってこなしていけるような気がしてきました、

でもなぁ・・

大掃除に年賀状、少しずつやっていかないと後が大変なのに

まだどれもこれも手付かずなのよね^^;


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イラスト mattarihonnpo






posted by ゆる子 at 21:23| Comment(10) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

ラストナイト そして晴れ!

こんにちは天然主婦ゆる子です。

さて香港の旅も、とうとう最後の夜をむかえました。

この日は夕食を水上レストランで食べてから

ビクトリアピークにのぼり、香港の夜景を見ることに。

午前中からのスコールもあがったものの

まだ空気は湿気を含み雲は重たくたれこめていました。


まず向かったのが香港仔(アバディーン)の水上レストランジャンボ

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ここは高い、まずいというちょっと残念な噂もあるところなのですが

新たにリニューアルもしたらしく

私たち夫婦にとっては、なかなかのお味でした^^

そして、なぜ行きたかったかといいますと

今から30年近く前に、

私の母が行ったことがあるレストランのなです。

母が香港に行ったのは、仕事で優秀な成績をあげたごほうび

私もその詳しい経緯や、

どこを回ったかなどはもう憶えていないのですが

母がこのレストランを背に写真を撮ったものが残っており

当時は水上生活をする貧しい人たちが

船に乗り込む時も、たくさん集まってきて

袖をひきながら、色々な商品を買ってもらおうとしていた話などを

おぼろげに聞いた記憶があるのです。


だから香港最後の夜は、かつて母が行ったところに立ってみたかった

そこで母が見たであろう風景に出会ってみたかった

そう思ったのです。


夕暮れが近づく頃、

ジャンボレストランへ送ってくれるフェリー乗り場へ。

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電飾のついた送迎フェリーとその隣には、

いまだ健在の水上生活者の人たちが利用するジャンクも見えます。

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ただ水上生活の人たちも最近は街で働くようになり

この格安のジャンクが

乗り合いタクシーのようになっているとのことでした。

あちら側には高層マンション群も見え、

母が見たであろう光景とは、すっかり様変わりしているようですが

それでも、このキラキラと輝く電飾の灯りは

母の見た当時の面影を宿しているのではないかと思われました。

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そしてそれから向かったのがビクトリアピーク

ここからの夜景がかの有名な百万ドルの夜景と言われるものです。

お願いしておいたガイドさんつきのバスが迎えにきてくれたのですが

かねてからの天候のためか

丘に上るにしたがい、霧がしだいに濃く深くなってきました。

ガイドさんもちょっと申し訳なさそうに

昨日もとうとう見れなかったんんですよ、

今日もこのぶんじゃどうかな〜と、ちょっと諦めムード。

まぁでも、せっかくだから上るだけはのぼりましょうということで

展望台につくと、そこは乳白色の霧の中

さらに上にある展望台の灯りがボンヤリと妖しく光っていました。


これはちょっと厳しいけれど

風向きによっては見える瞬間もあるかもしれないから

あきらめずに見ていてくださいと言われ

集合時間だけ告げられて各自夜景の見えるところに向かいました。


最初はぜんぜんダメ。

ところが5,6分たったころでしょうか

なんだかボンヤリと薄い灯りが見えてきました。

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そしてしだいにその百万ドルが姿を見せ始め・・

バッチリとは言えないまでも、ここまで見ることができたのです、

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三脚がないのでピンボケですが、もうちょっときれい。

ああ、やっぱり一番引いたからからかなぁ(笑)

丘の下から吹き上げてくる湿った風に吹かれながら

しばしダディさんと、その夜景にみとれ

こうして香港のラストナイトは更けていったのです。



明けて翌日、最後の朝は散歩から

街を歩きながら公園をお散歩、可愛い小鳥はひとつも人見知りせず

また来てねというように近づいてきてくれました。

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出勤のビジネスマンやOLで通りは活気づき

人並みは川の流れのように高層ビルのオフィス街に続きます。



そんな通りから一歩裏手に入ると

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古いビルの裏になる細い路地には朝から荷車を押す少年がいます

ちょうどスマイリーと一緒くらいの年頃でしょうか

上半身裸の日焼けした背中は、まだ少し幼く

それでもじきに大人の仲間入りをしそうなたくましさも見え

つい頑張って!と声をかけたくなるような様子

そしてこちらの古い店では、仏壇に花を供えながら

切花を売る老夫婦の姿、

どれも裕福な暮らし振りには見えなかったけれど

朝の光を浴びて輝いてみえました。


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色んな人たちが、この街にいるのだな・・

それらが一緒くたになって、この香港を作っている

たぶんそれは世界中どこの国でも同じことでしょう。

なんだか人間って愛おしいな、

そんな朝の風景でした。



そして香港に来てから初めての青空、


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うん、気持ちいい!

それじゃ、また来れる時まで、さよなら香港

そう別れを惜しみながら、日本へと向かいました。


以上で香港旅行記も終了、長いことおつきあいいただき

ほんとうにありがとうございました

シェイシェイニー♪



















posted by ゆる子 at 20:27| Comment(14) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

香港の亀ゼリー

こんにちは天然主婦ゆる子です。

さて旅行も三日目いよいよ佳境に入ってきました。

えっ?まだ三日目だったの?

はい、すみません、まだ三日目でした^^;

書きたいことはいっっぱいあるのに、更新が遅いので

えらく長い旅行みたいになってしまっておりますが

あと少しだけお付き合いくださいませ。

(写真はクリックすると大きくなります)




さて香港に戻って迎えた三日目の朝

ずっと曇りながら持ち堪えていてくれた空だったのですが

この日は時おりスコールのような雨が

時おり降っては止みを繰り返していました。


この日の午前中は、まず街歩き指南というオプションで

ガイドさんと一緒に街を歩きながら

朝食をとったり、地下鉄に乗ったり、バスに乗ったりします。


まず徒歩で向かったのがお粥や麺の朝食を出してくれるお店

こちらでは朝食を外で食べる習慣もあるようで

平日の朝にもかかわらず慣れた様子で

次々とお客さんが入ってきます。

この日はちょっとリッチにアワビ入りのお粥をいただいたのですが

あっさり薄味でとても美味。

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具の少ないシンプルなものは、一杯150円くらいからあります。

あちらの方々を見ると、一緒に春巻きなんか頼んで

朝からけっこうしっかり食べているように思いました。

ダディさんは紅茶をオーダー、お粥に紅茶?と思うかもしれませんが

さすがに香港はイギリス仕込みの紅茶が美味しいんですよ^^

私は阿華田という飲み物をいただきました。

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ちょっとあっさりとしたココアのような味

甘すぎず美味しかったです。


お腹を満たした次はフェリー乗り場へ歩きます。

時おりシャワーのような雨がザーッと吹き付けてきます。

さて乗ったのは香港のビクトリア・ハーバーで運航されている

スターフェリー。

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香港島と、九龍側を結ぶフェリーで

100年以上の歴史をもつものですが

今は海底自動車トンネルや、地下鉄の開通などで

ライバル出現ではありますが安価な利用料金とクラシックな雰囲気で

今でもみんなに愛されているフェリーです。

そしていったん渡った香港島から、地下鉄に乗って

もときた九龍に戻ります、この時に地下鉄の使い方切符の買い方など

丁寧に教えてもらいました。


言い忘れていましたが、ガイドさんは地元香港の方

そして一緒に歩いたのはもう一組のご夫婦。

総勢5人で楽しく、時に真剣に話をききながら歩きました。


次に向かったのが、黄大仙というお寺

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こちらのお寺はとにかく赤くて鮮やかです。

赤は聖なる色元気の出る色ということでお寺でも多用されています。

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菜ばしくらいの大きさの太いお線香をあげてお参りしたあと

ガイドさんに占いをやってまますか?

そう言われ、ゆる子さんともう一人の奥さまトライ

お箸立てのようなものに、割り箸みたいなおみくじが

100本入っていて

それを小刻みにコトコトさせてせり出して、落ちた一本の数字が

あなたの運命の数字!ということらしい。

ゆる子さん、コトコト、コトコト・・・

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コトリと落ちた数字を見ると、なんと一番!

ガイドさんも、こりゃこりゃ珍しいというような顔をしてから

今まで長年ガイドしてきたけれど、ここで一番を引いたのは

あなたが二人目ですよ、とにっこり。

でもなんだか一番って、もうこれより上はないみたいで

いいのか悪いのか微妙な感じ・・と思っていたら

この意味を四柱推命で教えてくれるところがあるとのこと。

67番を引いた奥さまとふたり興味津々で訊くことにしました。

占い料40香港ドル、およそ600円なり〜


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でもきちんと説明してもらい、やはり一番はとてもいい数字であり

焦らずコツコツと頑張れば、歳をとるほどよくなっていく数字だとか

おみくじみたいなものだけど、なんだかいい気分になれました。


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次に二階建て路線バスに乗って向かったのが女人街。

ここは香港の名物ストリートでたくさんの露店が並ぶ、

チープな雑貨や衣料品の宝庫なのです。

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ここの醍醐味は店開きする午後2時から夜にかけて

この日はまだ店の準備に追われる時間帯だったため

雰囲気だけ味わって

ほんとうに味わったのはこちら、

まずはガイドさんが立ち寄ったお肉屋さんで焼き豚をゲット

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それを手に向かったのが亀ゼリーのお店、海天堂。

亀ゼリーとは金錢亀という亀と20種類以上の漢方薬をいっしょに

何十時間も煮こんだものを冷やし固めたもの。


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ゼリー自体は甘くなくて、ちょっと漢方薬のような味がするのですが

そこに黒蜜のようなシロップをかけていただきます。

ちょっと大きめなので、ダディさんと半分こにしましたが

ひんやりとして(実は温かいバージョンもあります)喉越しもよく

つるつる入ってしまいます、

苦手な人もいるらしいのですが、私はいたく気に入りました、

それに美肌効果もあるときけば、それはもう美味。

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そして菊の漢方のお茶と、おもたせの焼き豚も一緒にパクリ。

この焼き豚、ちょっと甘辛な味付けで柔らかくて

それはそれは、ほっぺたが落ちそう。

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お肉の山盛りを見て、これは食べきれないわ〜と思っていたのですが

あら不思議、少しもしつこくなくて深いのにあっさり

ここに白いご飯があれば、もう何杯でもいけそうなくらいです^^



さぁ、お腹もいっぱいになったところで

ガイドさんや、同行したご夫婦とさよなら、

いよいよ二人で街へ・・

まずは地下鉄にチャレンジして再び香港島へと向かいます。

香港島では、お土産のお茶や自分用に茶道具などを探すのがが目的

教えてもらった地下鉄の切符売り場

ところが入れたお札が、すぐに逆戻りして出てきてしまうのです、

ありゃ〜 焦るも誰に訊くわけにもいかず・・・


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実は香港のお札は中央銀行がないため

三つの銀行でお札を発行、ゆえに同じお金でも3種類あるんです

千円札が3デザインあるようなもの。

どうもそれによって機械との相性があるみたいで

お札を変えたら、やっとうまくいきました、ほっ^^


こんなに悪戦苦闘したのに涼しい顔で地下鉄に乗り込んだら

中国からの観光客と思われる人に地下鉄の乗り換えのことを

尋ねられてしましいました、

ソーリーソーリーと困りながら謝って笑顔で退散

と思ったら、今度はダディさんが同じくシャッターを押してほしいと

中国語で頼まれました。

ありゃりゃ、これはできるので快諾しましたが

どうにも地元に馴染みすぎたのか、かなり態度が大きかったのか

すっかりチャイニーズな夫婦に見えたらしいです(笑)


さて、無事買い物も終え、いよいよ香港最後の夜となりました・・

























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2007年09月23日

ふたつの花


こんにちは天然主婦ゆる子です。


この日最後に訪れた中国民族文化村

ここは中国少数民族の村を再現したり、

またその手工芸品を売っていたりするいわゆるテーマパーク。

そしてこの夜のここでのお目当ては、

ナイトファンタジーという

中国少数民族の歴史をテーマに描かれたショーを見ることでした。

このショーは野外ステージで行われるダイナミック、

かつ絢爛豪華なもので深せんの人たちの自慢のショーなのです。


写真はクリックすると大きくなります481.jpg


中国全土からスカウトされた選りすぐりの美男美女

そして華麗な踊りや雑技団のようなアクロバット技もあり

観客の目の前を十数頭もの馬が駆け抜けていく驚きの演出

大きな炎に顔が熱くなったり、ものすごい霧雨のような水しぶきが

見ている私たちまで濡らすような

それはそれはスケールの大きな叙事詩を描いたショーでした。


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ぜひお国へ帰ってからこのショーの話しをしてくださいねと

ガイドの姫さんはじめ何人もの人に言われました。

はい、ここでしっかりお話させていただきましたよ、姫さん^^




そしてショーの前に、

お腹を満たしておこうということで向かったのが

中国料理のレストラン。

ガイドさん、

「まずはビールを飲みますか?」

「はい、もちろん^^」

出てきたのが、青島(チンタオ)ビール。

料理はあらかじめ予定されていたセットのようですが

二人では食べきれないほどの量、


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こちらでは野菜は生で食べず、必ず火を通します

だから胡瓜もご覧のとおり、牛肉と一緒に炒められます、

でも美味しい。

そしてガイドさんは、出国の書類の用意に席をはずしてから

ダディさんが、紹興酒を少しだけ飲みたいねと言い出しました。

うん、うん、いいねと私も快諾(笑)

さて、ここでオーダーをどうしたものか・・

近くの女性に英語で話してみるものの、

いまひとつ英語は通じない模様(汗)

あれこれチャレンジするが老酒という響きにやっとにっこり、

そしていそいそと持ってきてくれたのがワインほどのボトル、

いや〜これはちょっと多い。

まだショーを見て、それから香港に帰る身としては

さすがの飲兵衛夫婦も二の足をふみました。

もうちょっと小さいものは、ないの?

それがまたまたなかなか通じない、

そこへやってきたのが、日本語を話せるという店の女性。

髪を後ろに束ねた彼女は、

まだ少女のような面影の残る年頃に見えるのです

「どうしましたか?」

そう言ってみせる人懐こい笑顔はまだあどけなさすら感じさせます。


事情を説明すると、困ったような顔をした後

「ごめんなさい、大きなボトルでしか頼めません」

と申し訳なさそうに言います。

残念ながらあきらめ、彼女とおしゃべりをしました、

名前は李さん、ガイドの姫さんと同じで日本語は

こちらの学校で勉強したとのこと、

いつかは日本に行って見たいとのこと

東京はもちろん、私の住む埼玉県もちゃんと知っていました。

とても勉強熱心の様子で、また人懐こいのか

たびたび私たちのテーブルにまわってきてはおしゃべりします。

しばらくして、また笑顔で近づいてきた彼女は

手に小さな入れ物を持っていました、

「これはサービスです」

きけば無理を言って、

紹興酒をほんの少しだけ持ってきてくれたらしいのです。

入っているのは、ほんの一合くらいなのですが

彼女の気持ちがありがたくて喜んでいただきました、

そしてその紹興酒入れ、日本ではあまりみかけない珍しい作りで

とても使い勝手もよさそう、

おまけに鶴のくちばしの注ぎ口と、亀の形の蓋のつまみ

何やら縁起もよさそう。

素敵だと褒めちぎったら、

もしよかったら買うことができますよという話し。

値段を訊いたら、日本円で1500円くらい

せっかくの記念だし、買っちゃおうかということでお買い上げ^^


ダディさんが会計に行ってるあいだも

日本語で色々話してみたいのか、

また彼女が近づいてきて、話しかけてきます。

「おねえさんは、子供はいるのですか?」

こちらではそう呼ぶのか、それとも社交辞令か知らないけれど

おねえさんと言われて、気分をよくしたゆる子さん

「いるのよ、ちょうどあなたと同じくらいだと思うのだけど、
 あなたはいくつ?」

そう尋ねると、

「二十歳です」とにっこり。

「ええっ、じゃあやっぱりうちの娘と一緒じゃない
 うちの子も、もうじき二十歳なんですよ」

そう言ったら、彼女も驚き、私もますます親近感がわき、可愛くて

つい二人で手を取り合って、はしゃいでしまいました。

戻ってきたダディさん、

どうしたの?? って顔(笑)

なんだか中国で可愛い我が子に会ったような気持ちでした。

「ぜひたくさん勉強をして、いつか日本に来てくださいね」

そう言いながら、さよなら。

最後にもちろん言いましたとも

「シェイシェイニー」



そして、実は日本に帰ってきてから後日談があるのです。

あの紹興酒入れ、


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「おかあさん、さっそく飲んでみようよ」

そう言って、ダディさんがご機嫌で注いでみたら

なんと、中に仕込まれたコップ状の底から

ぽたっ、ぽたっと漏れてるじゃあーりませんか!

あ〜あ、とため息・・

でも今さらクレームも返品も無理。

なんだか可笑しくて笑ってしまいました。


でもあの時の流れからいって

彼女が私たちを騙したわけではなく、むしろ好意から始まったこと

とうぜん腹もたちません。

ぽたり、ぽたりと落ちる紹興酒をみながら

なぜか美しいガイドの姫さん、レストランで会った可愛い李さん

ふたりの笑顔と、手のぬくもりが甦りました。


不思議とめでたし、めでたしの気分だった、暢気な夫婦です^^










posted by ゆる子 at 08:54| Comment(14) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

シェイシェイニー

こんにちは天然主婦ゆる子です。

すっかり更新も遅れ、みなさんのところもコメントに行けず

ほんとうにごめんなさい。

また今度お話しますが、今、子供たちが通っていた幼稚園の

55年記念誌の発行のお手伝いをしています。

こちらの方も追い込みに入り

仕事帰りに寄ったりと少しバタバタしていました。

これからは、もうちょっと遊びに行けると思います。



さて、そんな私の更新遅れで

なかなか深せんに辿り着かなかったフェリーですが

実際のマカオ深圳間は、フェリーでおよそ一時間半強です(笑)

外には茫洋とした鉛色の海が広がり

空が曇っているせいもあるのだろうけど、

こんな海の色初めて見るな・・・と思いました。

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冬の日本海の暗い海も見たことがあるけれど

それとも違う、何かもっと、とろんと重たいような感じ、

時おり、貨物船だか、漁船だかわからない崩れそうな船と行き交い

その合い間に、

中華人民共和国の旗を掲げた監視船が数台浮かんでいたりします。

ああ、中国に近づいている、そう実感する風景。

しかし降り立った深せんは、鉛色の海を忘れるような明るい様子。


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港で出迎えてくれたガイドさんは、中国は西安の出身と言う

30代半ばくらいのきれいな女性、姫さん。

たまたまこのオプショナルツアーの参加者が

ダディさんと私の二人だったため

まるで専属ガイドさんのようについて回ってくれました。

まずは小型のワゴン車で街を走りながら、

深圳の街のことを話してくれます、

深圳は、急速に発展した街で

小さな農村だった頃は人口が3万人くらいだったそうですが

その後、経済特別区になってからは

中国各地から若者が働きに来て

人口も膨らみ続け、今や1200万人と言っていました、

この中には戸籍を登録しないままで働く人も含まれ

そういう人たちは、いわゆる出稼ぎのようにしんせんに来て

ある程度お金をためたら故郷に帰るのだそうです。

ゆえに実際の戸籍人口とは違っているのですが、

労働者の平均年齢はなんと25歳

驚くほど若い街です、そして男女比が3対7、圧倒的に女性が多く、

男性は引く手あまた!

・・かどうかは、定かではありません(笑)


街並は美しく整い、高層ビルやマンションが立ち並び

道路は片側4車線ほどの広い道路も整備され、

まさに勢いのある街という印象があります。

ダディさんと二人で、ハ〜とかへ〜とか言いながら

流れる景色に見入っていました。


姫さんは、少したどたどしいながら、

自国で日本語を勉強したとのこと

車に乗っている間中、飽きないようにと話し続けてくれます

「すごい景色でしょう・・
 ただね、すぐそこに見える香港は遠い街なんですよ
 香港からは物価の安い深圳に皆買い物に来ますが、
 こちらからはなかなか通行許可がおりず行けません、
 すぐそこに見えるのに、
 私もまだ一度も行ったことがないのですよ」

川ひとつ隔てた香港は世界のビジネス都市

でも巨大な国中国には、まだまだお国の事情もあるようです。

ただ、深せんの若いパワーは、そんなもの何するものぞ

という気概にも満ちているように思いました。


いったん降りた植物園には、周りにライチの木がたくさんありました

深せんは、中国でも南に位置するため、南の果物も多く

特に楊貴妃が好んだというライチは

街や公園などあちこちで見かけることができるそうです。

後から中国式のお手前で、ライチのお茶もいただいたのですが

ほんのりと、自然の甘みがあって

ちょっぴりお砂糖を入れた紅茶のような味わいです。

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ずっと話しながら歩くうちに、

姫さんとも以前からの知り合いのように打ち解けていきました。

顔つきも、からだつきも一緒、

同じアジアの血が流れていることを実感します。

国という垣根をとりはらうと、こんなに近い存在になるのです。

ここでは広東語を使うために

「ありがとう」はどう言うのですか?と尋ねると

「シェイシェイで、いいですよ、
 あなたにありがとう!と言うのならシェイシェイニーです」

そう言って、こぼれるような笑み、

可憐な花が咲いたようでした。

そして、この日最後に訪ねた中国民族文化村でも、

もうひとつの花に出会いました。



深せんでは写真が少ないです。
行く時からデジカメが少々不調、
この時も途中で撮影する画面がでなくなってしまって
(いや、これはホテルに帰ってから見たら、
 単純ミスだったのですが^^;)
保険にと持っていった、まりものデジカメも
動画をとってしまったので容量が少なく
他の画像を削除しながら使っていました、トホホ・・)




posted by ゆる子 at 06:56| Comment(16) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

走れ、走れ!

こんにちは天然主婦ゆる子です。

マカオでの更なるアクシデント、さてその真相をお話しする前に

まだしばらく観光は続きます。

この後向かったのが、マカオの顔ともいえる聖ポール天主堂跡

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完成当時は東洋で最も壮大で美しい教会だったといわれ

17世紀初頭にイタリア人修道士によって設計されたとされたのですが

1835年の火災でそのほとんどを焼失し

今はその正面のファサードが残るのみです。

長崎から幕府の弾圧を逃れて渡ってきた日本人キリスト教徒も

建設に加わっていると言われ

二段目のマリア像の周りには菊の花が彫刻されています。

壁後方の地下室には、長崎26聖人の遺骨が納められており

日本とも意外なつながりがあることを知り、

異国で懐かしい人に出会ったようで、ちょっとびっくりしました。


階段を下りた広場には、こんな果物満載のお店

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上を見れば可愛いベランダ。

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どこの国へ行っても、

ベランダからは生活の匂いがしてくるようで好き。



そこからこんな細道を通って、向かうはセナド広場

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セナド広場とは、市評議会が面する

モザイク模様のタイルが敷き詰められた広場のことで

同じくここに面しているのが、聖ドミニコ教会

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マカオで最も美しいといわれる教会で、

淡いクリーム色の建物は、まさにポルトガルのスタイルそのもの

重厚な彫りのある大きな扉を開けると、聖母子像が見えます。

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立ち姿の聖母子像は、まだあどけなさが残る面立ちが美しく、

しばし見入ってしまいました。

見学の私たちの傍らでは熱心に祈る人たちがいて

私も振り返って、小さな祈りを捧げました。

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そこからまた広場に出ると、

徒歩でカジノもある昼食場所へと向かいました。

ここでビュッフェスタイルのポルトガル料理をいただくことに、

ダディさんと私の二人は30分で食事を済まさねばならず

目移り、気移り、しているうちにタイムアップとなるので

サッと目に付いたものからいただくことに。

ゆえに写真はありません^^;

ポルトガル料理にはよく鰯が登場すとは聞いていたのですが

なんと、お皿の焼き魚の前には、見慣れた秋刀魚の文字が。

秋刀魚は中国語でも秋刀魚と書くらしく

炭火で焼いたという秋刀魚は、まさに日本の秋の味覚。

興味本位で食べてみたけど、レモンをキュッとしぼって食べると

まるでスダチをかけた秋刀魚の塩焼きそのまんま(笑)


さて、秋刀魚に舌鼓を打ってる暢気な天然夫妻のもとへ

ガイド嬢が静々と歩み寄り

「そろそろお時間ですけど、よろしいでしょうか」と、告げます。

にっこりしながらも時間が押しているのか、

きりっと涼やかに私たちを促す目元。

「あのぉ、秋刀魚が・・」 とは言えず

はい、と私たちも速やかに席を立たざるを得ませんでした。

港へと向かうバスの中は

天然夫妻とガイドさんと運転手の若いお兄さんのみ

次なる目的地深圳への入国カードの記入するうちに

バスがすーっと左脇に停止して、

ガイド嬢が何やら外と声を掛け合っています。

ん?と思いながら外を見ると

なんとマカオの警官が二人近寄ってきたではありませんか!

どうやら急ぐあまり、運転手のお兄ちゃん、

何か交通違反をしてしまったらしいのです。

ガイド嬢が必死で警官に訴えています、

想像するところ腕時計をいく度も指差しながら、

「この人たちは観光客で、○時のフェリーに乗らねばならず
急がないと遅れてしまう、どうかここは大目に見てくれ」

そんな感じ。

後から聞いたことには、このガイド嬢、標準語の北京語しか話せず

広東語はそれこそ片言、北京語と広東語は、

お互い外国語くらい違うそうで

いくらしゃべっても、なかなか埒があかない様子、

それから携帯電話で何やら緊急事態を連絡した後私たちを振り返ると

「すいません、バスを降りて走ってください!」 と、きっぱり。

ええっ?走る??

きょとんとしていた私たちも、ようやく事態の緊急を察知。

とにかく走り、もし途中でタクシーがつかまったら、

速攻タクシーに乗る。

「忘れ物はないですね!」

「はい!」

それではっ!ということでバスを降りました。

さぁ、ここから猛ダッシュ、

香港もマカオも運転の荒さでは定評があるらしく、

そんな車をかいくぐり、かいくぐり

歩道の人も蹴散らして走ります、まさに疾走するマカオ!

何が悲しくて、こんな異国の地で、走らねばならないのか・・

蒸し暑い風を頬に受けながら、

そんなことを思ったような、思わなかったような。

しばらく走ってメイン通りに出ると

時おりタクシーがいないか、振り返り振り返り、

何度目かでやっと空車を発見、

しかし港に着いたときは、

すでに午後2時の出港まであと10分を切っていました。

チケットを渡され、手短に段取りを教わると、

ガイド嬢は他のメンバーが待っているため、

大丈夫、大丈夫と(何が?)手を振りながら、

また風のように彼方へ。

さあ、ここからは正真正銘ふたりきり、

チケット確認後その先を見ると

出国手続きには、数十名ほどの列ができていて

これはどうみても、あと5分じゃ間に合わないという人数、

万事休す。

時計の針は午後2時を指し、ダディさんと顔を見合わせながら

「こりゃ、無理だね・・初カジノでもやって帰るかぁ」

と半ばあきらめの境地で苦笑い。

でもあれだけ走ったのだもの、やれるだけやってみようということで

出国手続きを済ませ桟橋まで走っていくと

なんと船がいるではありせんか!

どうやらおおよその出国手続きの人がいなくなるまで

待ってくれるようなのです。

そんなの知らなかったもん!

積み遅れのお客様がいても、

待たずに定刻に出発いたしますのでご注意ください、

そう言われた母国の飛行機会社とはずいぶん違うなぁと

どちらがいいとも結論のでないまま、

とりあえずこの日は定刻に遅れてしまった私たち、

そのアバウトな配慮に感謝しつつ

定刻より遅れること20分ほどで船はマカオを離れて行ったのです。

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向かうは深せん。





posted by ゆる子 at 22:25| Comment(16) | TrackBack(1) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

夏休み

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

関東地方もやっと涼しくなりました〜

一昨日の夜に雨が降りだしたときは、

夜の街をしみじみ眺めてしまいました、

草木も喜んでいるようで、雨に濡れた土の匂いを深呼吸。


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さて、そんな今日から一週間ほど夏休みします。

え?これから?

はい、これからちょっと高飛び(笑)

ふふっ、ダディさんとふたりで香港に行ってきま〜す

えっ?ゆる子さん、リッチ〜 って思ったあなた、違う違う、

実はですね、夫が長年勤めた会社から、

リフレッシュ休暇なるものをいただきました、

これはある年齢に達すると自動的にいただけるもので

うれしいことに旅費つき。

とはいっても、これが最初で最後。

だから持ち出しはないようにと計画した旅行、

ゆえに、私の職場の休みに合わせたかったのですが

お盆休みは旅費が高くつくので時期をずらし、

ダディさんはずっと出社していました。


ただ行くにあたって、ちょっと色々ありました。

先週来の猛暑に、一階にいる私の父、じいじが、

少しばかり体調をくずしてしまったのです。

正直なところ、私の気持ちは旅行どころではなく

ひとりなら、即キャンセルするところなのだけど

今回にかぎっては、ダディさんが

まるで小学生の遠足みたいに楽しみにしてるので

その気持ちに水をさすのも、なんとも可哀想だし

心配をするのがわかりきっているので

じいじがちょっと夏バテみたいだくらいにしか話していませんでした

しかしながら私の気持ちは千路に乱れ・・



ダディさんは私と結婚してから、仕事を病欠したことがありません。

少々体調が悪くても休むと言ったことがないのです

そして何よりダディさんのお母さんの介護が始まった頃、

ちょうどダディさんが40代になったころに、

転勤の話が何度かありました

その時に、私ひとりに母の介護を押し付けて転勤はできないと

転勤を断わったダディさん。

それも度重なれば、とうぜん上からの覚えがいいわけもなく

おまけに、ダディさんの性格上、上司にでも

言いづらいこともはっきり言ってしまう世渡り下手、

なのに、というかだからか、

下の人たちからは慕われ、頼りにされるところは

ますます、上の人間には面白くありません。

だんだん出世街道からはずれてしまい、

同期や後輩に追い抜かされていく時

どれほど悔しい思いをしてきたことか。

時々ふっと見せるやるせなさに気づくたび、

私の胸にもチクッと後悔が走ります。

どうしてあの時、私はかまわず行ってらっしゃい

お母さんんのことは心配せずに、と言ってあげられなかったのかと。

それでも黙って家族のために、

来る日も来る日も働き続けてくれた今までのことを思うと

とてもキャンセルしようだなんて言えるはずもなく

さりとて、父親も心配でならず。



そして、この猛暑の中、

週末意外は自分でオサンドンをする元気な父であるのをいいことに、

その年齢も忘れて

ぎりぎりまで体調不良に気づいてあげられなかった自分にも

腹が立ち、いらいら。



というわけで、今週は父の体調を戻すべくにわか孝行娘になって

あれこれと体調回復に努めました、

クーラー(これが嫌い)、ユンケル、アクエリアス、

買い物、おさんどんetc・・

ところが、またここでじいじが頑固ちゃんなんだなぁ・・

いつも気丈な人だから、

私があれこれ世話を焼くのが煩わしいときてる。

ほんとは、嬉しいというのは伝わってくるのだけど

私に迷惑をかけているのじゃないかということが嫌みたいで、

大丈夫だの一本やり。

あれこれなかなか聞いてくれないのです(トホホ)

それでも「喧嘩しても病院に連れて行きなさいよ」という

友人のアドバイスもありやっと折れてくれた父、

結果、一時の症状は軽い脱水だろうと、

今の状況は落ち着いていて心配いらないということがわかり、

私もほっと一安心。

そして父自身もその結果を知り、安堵したのか

めきめきと体調も回復してくれました。

そしてこの涼しさ! ああ、ありがたや〜〜

というわけで、すったもんだの末、父も背中を押してくれ

「子ども達のことはまかせなさい」と、心強いお言葉

そして、子ども達には、「くれぐれも、じいじのこと頼んだよ」と、

こっそりいい置き

気がつけば、出発は明日。

今日はダディさんのお母さんの祥月命日

3回忌の法要はダディさんのお父さんの13回忌と一緒に

済ませているので

今回はふたりで八王子にある霊園までお墓参りに行ってきました。



そんなこんなで準備も何一つしていないありさま(泣笑)

滑り込みで準備もあるため、今日からお休みします。

帰ってくるのは木曜日なのですが、色々残務整理?もあるため

たぶん今週一杯お休みします。

その間、私の誕生日もやってきます♪

まぁ、誕生日が嬉しい年齢はとっくに過ぎているのだけど

結婚9年目にして生まれた娘に

ありあまる愛情をそそいでくれた

父と母に感謝する日ってことで、いちおうめでたい日^^

なんとも、粗忽で落ち着きのない、こんな私ではありますが、

今後ともよろしくお付き合いくださると嬉しいです、

しばしのお別れですが、みなさまも元気でお過ごしくださいね。



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2007年07月06日

霧がはれて、ちょっと青空

こんにちは天然主婦ゆる子です。

すっかりご無沙汰してしまって、ほんとうにごめんなさい。

先週の土曜日、整形外科にて

原因をきちんと調べてみましょうとのお話。

軽いときは整骨院で済ませることも多かったので、

一度きちんと診ていただくのもいいかと思いました。

そして今日の朝、仕事を少し遅れて、MRI検査を受けてきました。

そして仕事を終えた帰りに、また病院へ行き

検査の結果の説明を受けてきました。

そしてやっと霧が晴れました。


詳しいMRIの検査の結果はっきりした病名は、

第4第5頚椎の椎間板ヘルニアだったそうです。

そこから頭痛や腕のしびれや痛み、さらに自律神経を刺激して

様々な不定愁訴が起きていたとのこと、もしかして耳鳴りも。

幸い手術を必用とするような状況には、まだないとのことで

温存療法で、薬をまずは2週間ためしてみて

それでも改善されない場合には

星状神経ブロックという注射を喉にするそうです。


職場の友達に教えてもらった整形外科の先生は、

親身になって話を聞いてくださる、ほんとうにいい方で

これだけのことを、懇切丁寧に

挿絵を書きながら、説明していただき

色々な質問にもめんどうがらずに答えてくださいました。


更年期がきちゃったのかなぁ、それともただの気のせいかなぁ

そんなモヤモヤとした気持ちが解決され

ほんとうにすっきりと、霧が晴れていくようでした。

難しい、難しい数学の問題がやっと解けた感じに似ています^^

ぐずぐずとエンストばかりで、ご心配をかけましたが

やっとご報告ができました、

ほんとうにありがとうございました。

そしてだいぶ元気になりました、

しばらくは無理せず歩いていきます。

みなさんのところも週末、ゆっくり遊びに行きますね^^



お隣のおばさんから、苗でいただいた朝顔が、今朝開きました。

今年初めての朝顔です♪


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2007年06月28日

鈍行列車のメンテナンス


こんにちは天然主婦ゆる子です。

ここのところ仕事が忙しく、また子供たちが出るのが早くて

5時前に起きる日が続いています、

ああ、ちょっと危ないなぁと思っていたら

またこの時と同じ状態になってしまいました。

仕事を休むか、パソコンを休むかすればいいのですが

そして仕事休む〜〜って決められたらいいのですが(笑)

さすがにそれはできないので

今週はパソコンお休みです。

元気ですからくれぐれも心配しないでください、

書きたいこともいっぱいあるので、来週には更新もします。

黙っていればいいのだけど

みんなのところへ行くのも

ちょっと休憩するので(読み逃げごめん^^)

やっぱりひとことお知らせです。

再開したとたん、もうエンストかよぉってあきれないでね

鈍行列車、メンテナンス中^^


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2007年06月11日

さあ、出発

こんにちは天然主婦ゆる子です。

色々我がまま言わせていただきましたが

そろそろコメント欄も再スタートしようかと思います。

ゆっくりと鈍行列車ですが、こりずにお付き合いいただければ

嬉しいなぁと思っています。


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今日からスマイリーが沖縄へ修学旅行にでかけました。

なんともはや、すき好んで梅雨時にでかけなくても。。

と思うのですが、

色々な都合上、どうしてもこの時期になるらしいです。

案の定、傘マークがずらっと並ぶ週間予報(泣)

それでも本人はルンルン、

今朝も4時半に起きて始発にのってでかけていきました。

集合は羽田に7時半なのだけど

途中で電車に遅れが出るといけないからと、

朝ごはんは空港で軽く食べるからということらしいです。

ただ友達と朝ごはん食べたいだけじゃないかと

母はちょっと勘ぐっているのですが

確かに首都圏の最近の電車は、車両点検や人身事故で

しょっちゅう遅れが出て、あてになりません。

まあ、しかたないでしょ。

とにかく元気でいい思い出を作ってきてくれれば文句はありません。



そんな雨模様の土曜日、

3年ぶりに梅酒を作りました。

流れる雲に雨の気配がただよい始めるこの季節

スーパーに青梅が並び始めると、そわそわしてしまうんです。

そして買ってきたのが、こーんな青梅


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そして、こんなんなりました〜♪


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さてこの梅酒が琥珀色になるまでどれくらいかかるかなぁ

楽しみに待ちます。

ただ今回ちょっと迷っているのが

このあいだ新聞に梅酒にあとからプラムを足すと、

きれいな色のとっても美味しいお酒ができるとのことが

書かれてあるのを見つけました。

以前プラムで作った果実酒がもう絶品だったのです。

だから今年の梅酒に、プラムの季節がきたら、足してみるか、

はたまた梅酒は梅酒らしくシンプルに、

プラムはプラムでつけるべきか迷っているのです。

さて、どうなるか。。楽しい悩みはつきません^^













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2007年06月07日

母恋い つづき



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いつも大好きな和服を、きりりと着て、

大きな手提げ鞄には、これでもかと重たいパンフレットを詰め込み、

背筋を伸ばしてでかけていく姿は晴れやかで

持ち場の本郷弥生町から春日町近辺を

くるくると飛び回っていました。



「お母さんね、この詩が大好きなの」

それは今もリバイバルで流されている、谷川俊太郎氏の詩。

「愛する人のために」

みなさんも一度は聞かれたことがあるかと思います。

ズタズタな企業倫理の保険料の不払い問題が、

これほど大きな社会問題となった今となっては、

ただ虚しく、いかがわしく、空々しくしか聞こえなくなってしまった

この詩ですが

母はこの詩をほんとうに宝物のように

大事にかかえて歩いていました。

当時10代後半だった私でさえ、

こんなのきれいごとだよ。。と思っていたこの詩を

本気で実践しようとしていた母が、

なんだかとても可愛らしく思えました。

そして同僚も、もっと効率よくやらなくちゃまいっちゃうよ、

と陰口していたようです。


でも、しだいに母の非効率的な一生懸命が通じたのか、

お客さんからの口コミで契約もどんどんいただけるようになり

めきめきと実績をあげていきました。

ただ、そうなればなるほど苦しくなるのが母のアナログなやりかた。

お客さんのためにと奔走し日曜出勤もめずらしくありません。

母にとって家庭は何なのか。

家族と一緒の時間はどうしてくれるのだと、

いつしか母の代わりに、

父と祖母との仲をとりつくろうのは私の役目となっており

それも辛かったりして

「お母さんは、仕事に逃げているだけじゃないか」と

私もずいぶん母を責めてしまったことがありました。

でも家族のために働かざるをえなかった母とすれば、

誠心誠意飛び回るしかできなかったのです。



そんな数年が続いたある年、

母のからだはもうぼろぼろになっていました。

それなのに、白血病にむしばまれていた母のことに

家族も、病院も誰も気づけなかったのです。

亡くなる3週間前の母の日、だるそうに椅子にもたれている母に

桜色のマニキュアを塗ってあげました。

いっぽんいっぽんの指が今までの母の人生のようで

元気になってほしい一心で、丁寧にゆっくりとしあげました。

「こんないい母の日はないなぁ」 と嬉しそうな母の笑顔を見て

ふだんマニキュアなどつけなかった母の指先が、

ポッと桜色になったのを見て

なんだかこれで元気なってくれるかもしれない、

そんな気がしました。

それから月末の忙しさにまぎれ、母は仕事をこなし

忘れもしない亡くなるちょうど一週間前の夜

「今日はとっても気分がいいの、一緒にお風呂はいろっか」

と、珍しいことを言い出しました。

その日の母の白い背や肩を

今でも昨日のように思いだすことができます。

そして月があけた6月。やっと病院に向かった母は

たった4日入院しただけで、帰らぬ人となりました。

私が21歳の時でした。

誰もが母のからだがそんな状態だったと気づかず

母自身も気づいていなかったのか、

じきに予定されていた社内旅行を楽しみにしたまま

とうとう別れの言葉は何一つ交わすことができないまま、

いってしまいました。



葬儀は見知らぬ人たちであふれかえっていました。

母のお客さま、仕事の上司、後輩、同僚。

みんなが大事な母や姉や妹をなくしたように悲しんでいました。

その時に、

母が今までしてきたことがやっと見えてきた気がしました。


そしてこのあと、十数年、ずっと繰り返されてきた父と祖母の諍いが

不思議なことになくなっていったのです。

家族みんなが母に甘えてばかりだったことにやっと気づきました。

祖母が最期に父に感謝し、甘えて亡くなったことは、

皮肉にも母の死を持ってもたらされたものでした。

生まれたその日から、

ずっと誰かのために生きてきたような母だった気がします。



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2007年06月05日

母恋い

こんにちは天然主婦ゆる子です。

今回は母の命日にちなみ、母のことをお話しようと思います。

今までもちょこちょこは書いたこともあるのですが

初めてじっくりと書いたものです。

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母は北海道の静内というところで生まれました。

子供に恵まれなかった祖父母のもとへ、

生後すぐに引き取られたようです。

昔はこのようなこともめずらしくはなく、

戸籍上も実子となっているからびっくりです。

当時農業指導員をしていた温厚で真面目な祖父と、

気性の激しいしっかりものの祖母

この二人の子として育った母ですが

もともと望まれて、もらわれてきたこともあり、

それはそれは大事に愛情をそそがれて育ったそうです。

しかし、そんな穏やかで幸せな時も、

12歳の時に祖父が結核で亡くなったことで変わっていきました。


それまで自分の生い立ちについてまったく知らなかった母でしたが

葬儀の時に、口さがない親戚から

実子でないことを明かされることになります。

こんなに自分を愛情たっぷりに育ててくれた両親が

血のつながった親でないと知ったときは

両親を愛するがゆえに、ほんとうに悲しかったそうです。

だからこそなおさら、この母を守っていくのは自分しかいないと

心に決め、祖母もそれから女手ひとつで母を育てあげました。


23歳の時に、札幌で出会った父と恋をして、結婚して

それから父の仕事の関係で東京にでてきたのが24歳の時。

すぐに子供を授かったのですが、

悲しいことに生まれてすぐに亡くなり

それから9年間子供ができず、

もうあきらめかけたときに私が生まれたそうです。

そして、それを機に札幌に残したままの祖母のことを、

東京に呼びよせました。

それから両親と祖母、そして私の生活が始まったのですが

祖母を呼び寄せたことが、母の苦しみとなりました。



もともとしっかりもので気丈な祖母は、

家事の達人で掃除、裁縫、料理、どれをとっても

文句のつけようのないほど手際よく、

まずボンヤリと座っていることのない人でしたが

その反面とても気性の激しいひとでした。

私も中学生の時に、

反抗期で何か祖母に憎まれ口をきいたのかもしれませんが、

包丁を持って追いかけられたことがありました。

ただ私も母も、そんな祖母のことは重々承知、

愛情が深すぎるゆえのなせるわざと、

うまく切り抜ける術は知っていましたが

父だけは、そんな祖母に我慢ならなかったようなのです。

私が物心ついたころにはもうしゅっちゅう父と祖母が言い争いになり

間に入った母がとりなすことが日常茶飯事、

そしてどうしても弱い立場の祖母をかばって

最終的に父と母が言い争いになるのです。

家に祖母か父のいない日は、

私にとってほんとうに心やすまる日でした。

それから数年後、父が勤めていた会社が倒産、

社長の保証人となっていた父も一緒に借金を背負うことになり、

父の働きはすべてそちらへ回され、

家のやりくりは母の背にかかってきました。

当時手に職もない母のこと、

とりあえず手っ取り早いのが保険の外交員だったのです。

保険の外交と言うと、飛び込みの営業では、

目の前でぴしゃりと戸を閉められるのは当たり前のことでしたが

母の口癖は、どんなことでもいい、

自分に与えられた場所で一番になれるように頑張る、でした。


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続く。





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2007年05月31日

記念日に

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

今日は結婚記念日^^

ちょうど21年前のこの日から遡ること半年前

その時、私はまるで太平洋ひとりぼっちみたいな気持ちでした。

母を亡くし、父と祖母を守るのは私しかいないと

気丈にしてはいたものの、

やはり胸のうちは、

大きな海に放り込まれて必死に泳いでいるような、

こころ細い想いでいっぱいでした。

そんな私の前に突然ふっと現れた人、

最初は私のタイプとはいえなかったけれど(ダディさんごめん)

なんだか大きな大きな船に見えました。

この人だけは、今までと違う、

きっと母がめぐり会わせてくれた人だと感じました。


竹野内 豊にも、オダギリジョーにもぜんぜん似てないし(笑)

薔薇の花束を渡すなんてこともできないダディさんだけど

私にとっては、大きな船でした。

7歳年上で、大きくて、スポーツが好きで。

私がずっと欲しいと思っていた、お兄ちゃんみたいな人。

面食いで、影のある人がタイプだった私にとっては異色の存在。

それなのに、いつのまにか私のサンドバッグみたいになってくれて、

大切な掛け替えのない人になっていました。

そんな今日は結婚記念日。

あなたがいてくれたから、今の私があるのです。

そう素直に感謝の気持ちを伝えます。

そしてこれからも、たさくん話していきましょうね、ダディさん。

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でも今日は京都の出張。

なのに、あなたは京都にいくの〜♪

大好物の日本酒を用意しているから、週末は乾杯しましょ^^




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2007年05月24日

ネムリコの子守歌


こんにちは、天然主婦ゆる子です。

ごく小さな子供の頃の話です。

とにかく本の好きな子供でした。
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友達の誕生会に呼ばれても、食事が終わって、プレゼントを渡して

ケーキをいただいたら

元気に遊びだした友達の傍らで、平気で本を読んでいました。

かくれんぼの隠れ場所をみつけていても

本棚に面白そうな本をみつけてしまうと、

たちまちその場にすわって本を読み始めてしまうのです。

みんなが周りでどんなに騒ごうと飛び跳ねようと、声をかけようと、

どこ吹く風。

友達のお母さんが、笑いながら母にそのことを話したそうです。

こういうと、

ものすごく読書家の賢い少女を連想されるかもしれませんが

私が好んで読んだのは、ほとんどがファンタジーやお伽噺のたぐい。

日常と切り離された異空間に飛び立つことが好きだったのでしょうけど

もしかしたら現実逃避??(笑)

オトフリート・プロイスラー、ロフティング、トーベ・ヤンソン、

思い出せないものもたくさんあるけれど、

中でも 佐藤さとる のお話が大のお気に入りでした。

その中でも特に気に入っていたのが 「ネムリコの話」。

もう手元に本はなく、詳細は忘れてしまったのですが

病気がちの少女りつ子が、

夢のなかにいる元気で活発な自分にネムリコという名前をつけ、

夢とうつつとのあいだを行き来するうちに元気になっていく

というようなお話。

違っていたらごめんなさい。

日常の中の、非日常のような、

いつもの帰り道で横丁の角を曲がったら

空が急にななめになってたみたいな不可思議な世界に迷いこみ、

異空間がのぞきみできるような雰囲気がたまらなく好きでした。

私は決して、病弱な少女ではなかったけれど、

唯一の弱点が扁桃腺をはらして高熱を出すことでした。

ただ、時々そうやって熱を出すのを

ちょっとだけ待ち遠しく思うときがありました。

なぜかって。。

当時母は私を祖母に預けて、朝から晩まで仕事に出ていました。

祖母がいるから安心して仕事ができたのでしょうが、

夕暮れになると母が恋しくていつも祖母を困らせていたみたいです。

そしてそんな母が、

熱を出したときだけは、病院に私を連れてから仕事にいき

出社後も何とか仕事をやりくりして、

早めに私の好物を買って帰ってきてくれるのです。

この日は思う存分母に甘えられる。

病院に行く時も、

たぶん小学校の低学年までは母に負ぶさって行ったような気がします。

近所のスーパーのおばさんに、

「あらら、大きな赤ちゃんだねぇ」

なんて笑われてもへっちゃら、

この日は思いっきり甘えるんだもん!と

母の背中に顔を押し当てて幸せでした。

そして布団に入って、ウトウトしながら、

りつ子やネムリコになって母の帰りを待つのがちょっと好きでした。

しかしながら、母も考えたのでしょう。

こうしょちゅう熱を出されたら、困っちゃう(笑)

それに高学年になることだし、

学校だってそうそう休めるものでもないと。

そして5年生になる春休みに扁桃腺をとってしまいまいた。

それからというもの、もののみごとに熱を出さなくなり

夢の中のネムリコと会う機会もなくなりました。

そして部活動や友達との会話のほうが魅力的になり、

いつしか夢物語も、あまり読まなくなっていったのです。

大人になっていくということは、

曖昧や夢見心地や不確かなものを少しずつ道端に置いて、

歩きやすくしていくことなのでしょうか。

あの頃の若くて元気な母はとうになく、

その面影も曖昧の中へと昇華されていきました。

一日だけでいいから、

あの日の母と私にもどってみたいと思うことがあります。



イラスト mattarihonnpo




posted by ゆる子 at 08:00| ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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