2007年05月24日

ネムリコの子守歌


こんにちは、天然主婦ゆる子です。

ごく小さな子供の頃の話です。

とにかく本の好きな子供でした。
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友達の誕生会に呼ばれても、食事が終わって、プレゼントを渡して

ケーキをいただいたら

元気に遊びだした友達の傍らで、平気で本を読んでいました。

かくれんぼの隠れ場所をみつけていても

本棚に面白そうな本をみつけてしまうと、

たちまちその場にすわって本を読み始めてしまうのです。

みんなが周りでどんなに騒ごうと飛び跳ねようと、声をかけようと、

どこ吹く風。

友達のお母さんが、笑いながら母にそのことを話したそうです。

こういうと、

ものすごく読書家の賢い少女を連想されるかもしれませんが

私が好んで読んだのは、ほとんどがファンタジーやお伽噺のたぐい。

日常と切り離された異空間に飛び立つことが好きだったのでしょうけど

もしかしたら現実逃避??(笑)

オトフリート・プロイスラー、ロフティング、トーベ・ヤンソン、

思い出せないものもたくさんあるけれど、

中でも 佐藤さとる のお話が大のお気に入りでした。

その中でも特に気に入っていたのが 「ネムリコの話」。

もう手元に本はなく、詳細は忘れてしまったのですが

病気がちの少女りつ子が、

夢のなかにいる元気で活発な自分にネムリコという名前をつけ、

夢とうつつとのあいだを行き来するうちに元気になっていく

というようなお話。

違っていたらごめんなさい。

日常の中の、非日常のような、

いつもの帰り道で横丁の角を曲がったら

空が急にななめになってたみたいな不可思議な世界に迷いこみ、

異空間がのぞきみできるような雰囲気がたまらなく好きでした。

私は決して、病弱な少女ではなかったけれど、

唯一の弱点が扁桃腺をはらして高熱を出すことでした。

ただ、時々そうやって熱を出すのを

ちょっとだけ待ち遠しく思うときがありました。

なぜかって。。

当時母は私を祖母に預けて、朝から晩まで仕事に出ていました。

祖母がいるから安心して仕事ができたのでしょうが、

夕暮れになると母が恋しくていつも祖母を困らせていたみたいです。

そしてそんな母が、

熱を出したときだけは、病院に私を連れてから仕事にいき

出社後も何とか仕事をやりくりして、

早めに私の好物を買って帰ってきてくれるのです。

この日は思う存分母に甘えられる。

病院に行く時も、

たぶん小学校の低学年までは母に負ぶさって行ったような気がします。

近所のスーパーのおばさんに、

「あらら、大きな赤ちゃんだねぇ」

なんて笑われてもへっちゃら、

この日は思いっきり甘えるんだもん!と

母の背中に顔を押し当てて幸せでした。

そして布団に入って、ウトウトしながら、

りつ子やネムリコになって母の帰りを待つのがちょっと好きでした。

しかしながら、母も考えたのでしょう。

こうしょちゅう熱を出されたら、困っちゃう(笑)

それに高学年になることだし、

学校だってそうそう休めるものでもないと。

そして5年生になる春休みに扁桃腺をとってしまいまいた。

それからというもの、もののみごとに熱を出さなくなり

夢の中のネムリコと会う機会もなくなりました。

そして部活動や友達との会話のほうが魅力的になり、

いつしか夢物語も、あまり読まなくなっていったのです。

大人になっていくということは、

曖昧や夢見心地や不確かなものを少しずつ道端に置いて、

歩きやすくしていくことなのでしょうか。

あの頃の若くて元気な母はとうになく、

その面影も曖昧の中へと昇華されていきました。

一日だけでいいから、

あの日の母と私にもどってみたいと思うことがあります。



イラスト mattarihonnpo




posted by ゆる子 at 08:00| ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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