2007年08月30日

ドキドキマカオ

こんにちは天然主婦ゆる子です。

今回は旅行記二回目、風景写真を少し大きくしました。

ただ横位置の写真は、そのままでは入らなかったので

クリックすると大きくして見れるようにしました^^

見えにくいものは、レッツ、クリック♪



さて香港二日目も、カーテンを開くと、

水蒸気たっぷりの雲が空を覆っていました。

8月といえば年間を通して一、二を争う降水量の月だとのことだから

降っていないだけまだまし、

そして不思議とそんな雲もこの街にはよく似合うとまで思えてしまう

そんな香港の朝なれど

この日は、しばし香港に別れを告げ、

駆け足でマカオ、中国本土の深せんを

まわることとなりました。

というのも、出発直前に申し込んでいた、

マカオ深せんのオプショナルツアー

あまりにも直前だったので
(ドタバタでとても旅気分じゃなかったゆえ)

現地入りしてから返事がくることになっていたのですが

前夜、食事を終えて帰ってくると、

幸い滑り込みで取れた旨連絡がありました。


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早起きして、前夜コンビニで買い込んだサンドイッチと、

お部屋にサービスのフルーツで朝食を済ませると、いざ出発!


マカオは正式名称中華人民共和国マカオ特別行政区、

1999年にポルトガルから中国に返還され、

香港からは南西に70km離れており高速フェーリーで一時間ほどです。

返還されたとはいえ、

香港同様、返還から50年間は特別行政区ということで

一国二制度となり、香港からも出国手続きをしてからの出発

ポルトガルの植民地だった名残りが街のあちこちで感じられ、

香港とはまた違った、エキゾチックな香りがするところなのです。


さて、そんなロマンチックなマカオへのスタートで

早くもアクシデント発生^^;

この時も添乗員は港まで、あちらの港で待つガイドさんに会うまでは

自力で出国手続き、入国審査等を受けなければならず

一緒に参加した面々の中で数名が

「チェンジ、チェンジ」という船の誘導員のアバウトな誘導により

間違ったゲートから

違うフェリーに乗り込んでしまったらしいのです。

追いかけようにも、

顔も名前もわからないまま紛れ込んでしまった危うい道連れ

悲しいかな、なす術もありませんでした。

ここで残りの面々は、私たちだけでもしっかり行かなくては、

はぐれないでね!

とばかりに結束、おしゃべりなんかも始め、無事マカオ到着。

しかーし案の定、現地で待つ添乗員がいくら探しても数名だけ足りず

待てど暮せど来ない道連れ・・

このオプションの参加者中で、この後、深せんにいくのは、

私とダディさんの二人だけ・・

あとの皆さんは、カジノで遊んだ後香港へ引き返すチーム

カジノで遊ばず深せんに向かう私たちの

少ないマカオ滞在時間は、刻々と短くなっていくのです、あわわ・・

それから待つこと数十分、やっと間違えた組の船が着き

ほっと胸をなでおろしながら、

まさか、その後さらなるアクシデントが待っていようとは露知らず、

マカオ観光は始まったのです。


まずは、338mの高さを誇る2001年に建てられた

マカオのシンボル、マカオタワー

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東洋のラスベガスと言われるカジノ地区を一望。

真ん中奥手に見える建設中の高層ビルが

またカジノとホテルになるらしい蓮の花を模ったという

黄金に輝くビル。

とにかくマカオや香港の建物は

ピカピカと全面鏡張りのように輝いています。

下がスケスケのガラスのフロアがあったのですが

どうしても怖ろしくて乗れなかった〜

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若い頃はこんなのへっちゃらだったのになぁ、

パリンと割れたらと思うともう腰が引けてしまって、こわい(泣)


そこから街を通り抜け、
(ちょっと見ずらいけれど、標識には広東語と一緒にポルトガル語が書かれています)

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航海の神様をまつるという媽閣廟、

マカオでも最も古い寺院と考えられ

当時中国人に“スイレン(睡蓮)半島”として知られていた半島に

ポルトガル人が最初に上陸したのは、

まさにこの地だったということです、

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寺院が祀る女神「阿媽」の名にちなんで、この場所を“アマガオ”

(阿媽の湾)と呼ぶようになり、

それが時代とともに簡略化されマカオとなったとのこと。



くるくると渦巻くのは、お線香。

真っ直ぐの大きなお線香もたくさん焚かれ、

もうもうと煙があがっていました。

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そして、ここからまだ世界遺産・マカオ歴史市街地区の散策は続き、

最後のアクシデントへとなだれ込んでいくのです^^;




posted by ゆる子 at 20:19| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月27日

香港の夜

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

ただいま、帰りました。

出発前には、すったもんだありましたが、でかけてみれば

それなりに楽しんでしまう、極楽トンボ夫妻^^;

あちらからも、毎日家に連絡はしていたものの、

幸いじいじも、元気に過してくれ、それどころか、まりもいわく

「じいじが、毎日色んなもの買ってきてくれるから、
食べきれなかったよ」

とのこと(笑)

まぁ、無事にいてくれて何より、送り出してくれた家族に感謝です。

今日からは仕事、そして帰ってからも、ぼんやり遊んでいたぶん、

何やかやと雑事に追われアップがギリギリ、

みなさんのところへもなかなか遊びに伺えていませんが

ペースが戻り次第飛んでまいります。

今回は私自身のための旅の記録でもあり、

マカオや中国本土の深せん(しんせん)まで足を伸ばしたりしたため

感じたまま、見たままを

何回かに分けて書いていこうと思っています。

なので、コメントなしで、読んでくださるだけでもかまいません

もちろん、質問、つっこみ、感想も大歓迎です^^

感じることも多かったので、

ゆっくりと反すうしながらの更新となることをお許し下さい。



さて、今回の旅行、一応ツアーにはなっているのですが

行き帰りの航空券と、宿泊がセットになっているだけで

中身を開けてみれば、食事も観光もいっさいついていないもの、

添乗員も要所、要所にいるだけで、

あとは自力で頑張ってくださいというドキドキものであります。

サンキューとソーリーと、エクスキューズミー、シェイシェイニー

これらの言葉のほかは、片言の英語で乗り切った珍道中でした。


街歩きが何より好きなダディさんと私なので、好きに歩いてみたい

行きたいところもその時の気分次第で決めたいという我がままゆえ

そのようなコースに設定したというわけ

香港といえば、まずはお買い物!

と思い浮かべる方も多いでしょうが

ブランド品は、ほとんどまったく興味のない夫婦にとっては

お買い物に裂く時間がない分、

街歩きに時間が回せるという自由行動は何より嬉しく

ワクワクと旅は始まりました。

9時55分成田発の飛行機で一路、香港へ。


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飛行時間は4時間と少し、時差はちょうど一時間くらいとなります。

香港空港からバスに乗って、

ホテルのある九龍(英語読みでカオルーン)半島に向かう道すがら

その高層マンション群に圧倒されました。


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香港には、一戸建てはまずないのではないかという風景

後から気づいたことには、夜になると輝きだすこのマンション群

きちんと真ん中あたりに光の帯ができるように、

一列だけ住居のない光の帯だけの階があるのです、びっくり!

だから夜の高層マンションの美しいこと、人工の美ではあれど

ここまできちんと設定されていれば、

それはそれでひとつの美になるのだと納得しました。

さて、ホテルに着いてからさっそくダディさんと作戦会議

今日このあとから、

そして明日からいったいどのような行程で旅をしようかと

作戦を練ること小一時間。

しかーし、なんということはない初日は街をぶらぶらしながら、

とりあえず夕飯を食べるところを探そうよということになりました。


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海沿いのホテルから繁華街を抜けるように歩いていくと

そこには横に張り出す香港特有の看板が並んでいます

興味津々で地図を片手に、とはいっても足の向くまま歩いていると

再び海の匂い

もっと、もっとと近づきながら歩道橋みたいなものを渡ると

これが香港ナイトか!と思わせる夜景が広がりました。


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湿度を多く含んだ靄のような雲がたちこめる空

水面には対面のネオンがゆらゆらと光る、

そこはビクトリア・ハーバー

この湾は向こうに広がる香港島と

こちら中国大陸九龍半島の間に横たわる海ながら

海の向こうの香港島は手にとるように、

すぐ向こう岸に美しいネオンが輝いています。

ふと、ユーミンの歌うHONG KONG NIGHT SIGHT が浮かびました。


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その輝く街の灯りに見とれながら

明日から始まる旅に胸が高鳴ります。


そしてそこからひたすら歩いて、やっと探したその日の晩ご飯。

頭にターバンを巻いた、どう見てもインドの方のような

一見すると、ちょっと怪しげなお兄さんが案内してくれた

地下にある広東料理の店、

ただその前に日本人らしき人たちが

笑顔で入っていくところが見えたので恐る恐るついていくと・・

明朗会計で、とっても美味しかったのです^^

中でもこの炒飯、香港は中国でも南に位置するためか

お米はタイ米のような長細くてぱらっとしたもの


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炒飯にはやはり合っているのかなぁと思われ

とっても美味しかったです。

満足満足とホテルへの帰途についた私たちを、

繁華街のネオンが照らしていました。


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posted by ゆる子 at 17:45| Comment(14) | TrackBack(0) | 下町めぐり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

夏休み

こんにちは、天然主婦ゆる子です。

関東地方もやっと涼しくなりました〜

一昨日の夜に雨が降りだしたときは、

夜の街をしみじみ眺めてしまいました、

草木も喜んでいるようで、雨に濡れた土の匂いを深呼吸。


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さて、そんな今日から一週間ほど夏休みします。

え?これから?

はい、これからちょっと高飛び(笑)

ふふっ、ダディさんとふたりで香港に行ってきま〜す

えっ?ゆる子さん、リッチ〜 って思ったあなた、違う違う、

実はですね、夫が長年勤めた会社から、

リフレッシュ休暇なるものをいただきました、

これはある年齢に達すると自動的にいただけるもので

うれしいことに旅費つき。

とはいっても、これが最初で最後。

だから持ち出しはないようにと計画した旅行、

ゆえに、私の職場の休みに合わせたかったのですが

お盆休みは旅費が高くつくので時期をずらし、

ダディさんはずっと出社していました。


ただ行くにあたって、ちょっと色々ありました。

先週来の猛暑に、一階にいる私の父、じいじが、

少しばかり体調をくずしてしまったのです。

正直なところ、私の気持ちは旅行どころではなく

ひとりなら、即キャンセルするところなのだけど

今回にかぎっては、ダディさんが

まるで小学生の遠足みたいに楽しみにしてるので

その気持ちに水をさすのも、なんとも可哀想だし

心配をするのがわかりきっているので

じいじがちょっと夏バテみたいだくらいにしか話していませんでした

しかしながら私の気持ちは千路に乱れ・・



ダディさんは私と結婚してから、仕事を病欠したことがありません。

少々体調が悪くても休むと言ったことがないのです

そして何よりダディさんのお母さんの介護が始まった頃、

ちょうどダディさんが40代になったころに、

転勤の話が何度かありました

その時に、私ひとりに母の介護を押し付けて転勤はできないと

転勤を断わったダディさん。

それも度重なれば、とうぜん上からの覚えがいいわけもなく

おまけに、ダディさんの性格上、上司にでも

言いづらいこともはっきり言ってしまう世渡り下手、

なのに、というかだからか、

下の人たちからは慕われ、頼りにされるところは

ますます、上の人間には面白くありません。

だんだん出世街道からはずれてしまい、

同期や後輩に追い抜かされていく時

どれほど悔しい思いをしてきたことか。

時々ふっと見せるやるせなさに気づくたび、

私の胸にもチクッと後悔が走ります。

どうしてあの時、私はかまわず行ってらっしゃい

お母さんんのことは心配せずに、と言ってあげられなかったのかと。

それでも黙って家族のために、

来る日も来る日も働き続けてくれた今までのことを思うと

とてもキャンセルしようだなんて言えるはずもなく

さりとて、父親も心配でならず。



そして、この猛暑の中、

週末意外は自分でオサンドンをする元気な父であるのをいいことに、

その年齢も忘れて

ぎりぎりまで体調不良に気づいてあげられなかった自分にも

腹が立ち、いらいら。



というわけで、今週は父の体調を戻すべくにわか孝行娘になって

あれこれと体調回復に努めました、

クーラー(これが嫌い)、ユンケル、アクエリアス、

買い物、おさんどんetc・・

ところが、またここでじいじが頑固ちゃんなんだなぁ・・

いつも気丈な人だから、

私があれこれ世話を焼くのが煩わしいときてる。

ほんとは、嬉しいというのは伝わってくるのだけど

私に迷惑をかけているのじゃないかということが嫌みたいで、

大丈夫だの一本やり。

あれこれなかなか聞いてくれないのです(トホホ)

それでも「喧嘩しても病院に連れて行きなさいよ」という

友人のアドバイスもありやっと折れてくれた父、

結果、一時の症状は軽い脱水だろうと、

今の状況は落ち着いていて心配いらないということがわかり、

私もほっと一安心。

そして父自身もその結果を知り、安堵したのか

めきめきと体調も回復してくれました。

そしてこの涼しさ! ああ、ありがたや〜〜

というわけで、すったもんだの末、父も背中を押してくれ

「子ども達のことはまかせなさい」と、心強いお言葉

そして、子ども達には、「くれぐれも、じいじのこと頼んだよ」と、

こっそりいい置き

気がつけば、出発は明日。

今日はダディさんのお母さんの祥月命日

3回忌の法要はダディさんのお父さんの13回忌と一緒に

済ませているので

今回はふたりで八王子にある霊園までお墓参りに行ってきました。



そんなこんなで準備も何一つしていないありさま(泣笑)

滑り込みで準備もあるため、今日からお休みします。

帰ってくるのは木曜日なのですが、色々残務整理?もあるため

たぶん今週一杯お休みします。

その間、私の誕生日もやってきます♪

まぁ、誕生日が嬉しい年齢はとっくに過ぎているのだけど

結婚9年目にして生まれた娘に

ありあまる愛情をそそいでくれた

父と母に感謝する日ってことで、いちおうめでたい日^^

なんとも、粗忽で落ち着きのない、こんな私ではありますが、

今後ともよろしくお付き合いくださると嬉しいです、

しばしのお別れですが、みなさまも元気でお過ごしくださいね。



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posted by ゆる子 at 07:53| Comment(17) | TrackBack(0) | ゆる子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

スマイリーのユニホーム


こんにちは、天然主婦ゆる子です。

暑いですね〜〜

この暑さ、どうしちゃったのだろうという感じ、

一昨日は体温超え、連日35度を越しています。

でもさすがにお盆に入ったせいか

空も青くて空気がきれいな気がします。

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私もやっとお盆休みに入り、昨日はお盆のお経をあげに

お寺さんに来ていただき、無事終えて、ほっとひといきです。

やっと更新にいたりました^^;



そして我が家の子ども達は

まりもは8月に入ってからもポツポツと授業が残っていたのですが

それも先週末でおしまい

あと9月いっぱいはお休みです、色々な計画があるようですが

それはまた後日ご報告します。

一方スマイリーのほうは部活漬けの日々。

八月の初めに約一週間の休みがあったほかは

お盆休みもなし、ず〜〜っと部活です^^;

八月初めの休みには、

友達のおばあちゃんがいる札幌にでかけていたスマ、

いつも実のおばあんちゃんのようによくしてくださって

うんと楽しんで帰ってきます。

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富良野にて


そしてそのことを、札幌のakeさんにコメントでぽろっとお話したら

スマ君達みたいな若い子にお薦めのお店があるよって

美味しい地元情報を教えてくれました、

スマに連絡ついた時は、最後の日で(あいかわらず鉄砲玉)

小樽の友達とも合流する日だったから

残念ながらいけなかったのだけど、しっかりメモメモしておいたから

次回行く時は、必ず行ってみるよとスマ、

akeさん、ありがとう!




そしてもうひとつのありがとうは

カカシさん

以前カカシさんのブログで紹介されていた

優れものの固形せっけん、ウタマロを

汚しやスマのいる我が家に

ゆる子さんも洗い物大変でしょうと、送ってくださったのです。


毎日汗だくの泥んこユニホームをお土産に帰ってくるスマイリー。

汗と泥まみれのユニホーム、スポーツバックに入れて

この暑いさなかお持ち運びしてくると

それはもう、開けたくない怖さ(笑)

一応、それでも簡単な下洗いはしてきてくれるのだけど

それでも、なかなか汚れも臭いもおちません(泣)

何しろ野球は、ひたすら汚れます、どうして帽子まで?

というくらい、あちこちどろんこ^^;

ユニホームの上下はいつも真っ黒のボロボロ

そして一番ひどいのは、野球用のアンダーソックスなのです。

もう洗濯板でゴシゴシなしないととてもじゃないけど落ちない

そこへ登場のこの石鹸、

昔母や祖母が使っていたようななんとなく懐かしい香りのするもの。


445.jpg


さっそく使わせていただいているのですが

いや〜、ほんとうによく汚れが落ちるのです、香りもいい!

やっぱり昔から愛用され続けているだけのことはあります。

カカシさん、ありがとね、とても重宝しています^^


さて、そんなスマイリーも、高校球児の夏、

とはいっても弱小軟式野球部員なんですけどね。

スマの学校は春の大会で3年生が引退するのが恒例なので

いよいよスマ達が主役、佳境に入ってきたというところです。

毎日ユニホームに負けず劣らず真っ黒に日焼けして

頑張っているのですが

スマはちょうど、レギュラーとベンチの境目付近をウロウロ

その時の調子いかんで、先発したり、ひかえになったり。


一度も出れず、真っ白のユニホームのまま帰ってくる日もあります

試合のあった日は、何もきかなくても、

洗濯に出されたユニホームでその日の状況がわかります。

真っ白の日は、私もちょっと淋しいのだけど

あえて、どうこう聞くこともありません。

ちょうど昨日も練習試合があったのですが

嬉しいことに、昨日は胸まで真っ黒になったユニホームが

出されていました。

「どうしたの?滑り込んだ?」

と、さりげなく探りを入れると、嬉しそうに

「うん、今日は先発できたんだ」 とスマ。

そうか、まぁ悔しい気持ちも、嬉しい気持ちも

もう自分の中でこなしていく年頃

ずいぶん長く続けてきた野球だけど、

けっして、ずばぬけて上手といえるわけではないけれど、

それでもきっと将来あんな頃があったと

懐かしく思い出すことのできる日々になると思うのです。

いいチームメートに恵まれてここまでやってきたスマイリー

いよいよ来週は公式戦だけど

できたら真っ黒なユニホームを持って帰ってきてほしいなぁと

密かに思っている母です、

プレッシャーは、かけないけれど、

ウタマロ石鹸もスタンバイオッケーで待ってるからね^^




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富良野の一本道

富良野の写真はスマイリー撮影








posted by ゆる子 at 07:50| Comment(15) | TrackBack(0) | スマイリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

忘れてはならない日


こんにちは、天然主婦ゆる子です。


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8月6日午前8時15分、

ずっと昔、まだ幼かった頃

祖母が毎日楽しみにしているNHKの朝の連続小説

このドラマが、この日だけは、放送時間が変更になりました。

夏休みの私も祖母と一緒にドラマを見るのが朝の習慣だったけど

この日だけは、いつもと違う朝。

祖母と一緒にテレビの前で黙祷をしました。

その頃の私は、なんでこんなことしているのだろう

何かとても悲惨な出来事があったのだということはわかっても

それがどれほど大きな出来事であったのかという

実感はありませんでした。

大人になって、そしてブログを始めて

あらためて、色々な方のブログを通して知ったことがあります。

まず、平和教育のこと、

教師をめざして勉強中のまりもに聞いても

小学校、中学校を通して、

平和教育という特別の授業を受けたことはないとのことです。

同じくスマイリーにもきいてみましたが、

戦争や原爆については、

道徳の時間にちょっとふれるていどだったとのこと。

この平和教育、あるいは、平和学習と言われるもの

被爆地広島では、ふつうに行われているものであるらしく

やはり地域間で格差があるような気がします。

まりもが高校の修学旅行ででかけた長崎で

千羽鶴を平和の像にささげてきた時

翌日の新聞に、めちゃくちゃにされた千羽鶴の記事がありました。

そう、その中にまりも達がささげた千羽鶴もあったのです

でもめちゃくちゃにした人の真の胸の内は測りかねるとしても

その鶴を折りあげた子供たちもどれだけの子が

その鶴に想いをこめていたのかとなると微妙な気がします。

修学旅行の前に少しだけ触れて学習しただけだったそうです。

それは、今回のスマイリーの沖縄修学旅行にしても、しかり。

戦争や原爆の問題は微妙な部分もあって

なかなか触れにくいのかもしれませんが

被爆地ではないからそれでいいということではないと思います。

幼いうちにこそ、心の柔らかな頃にこそ

戦争や原爆の怖ろしさをきちんと話して

そして語り継いでいかなければいけないと思うのです。

そういう私も子供たちが幼い頃に

どれだけのことを話してきたかという、

ほとんどそんなことも考えずにきてしまったなぁと思います。


世界で唯一の被爆国日本が

果たさなければいけないことがあるように思います。

戦争の悲惨と、原爆の恐ろしさを世界に伝えること、

このようなものが

人の上に落とされたことじたい信じられないのに、

それがなぜ日本だったか、

どうしてアメリカは広島、長崎と立て続けに落としたのか。

私も勉強不足でわからないことだらけだけど、

ひとつだけわかっていることは

世界のどこの国であっても、

ぜったいに二度とあってはならないということです。


今の子は戦争はどこか遠い国の話だと思っているでしょう。

でもなんだか遠い国の話ではないような気がするこの頃です。

きちんと子ども達にも伝えないといけませんね、

そして今の平和を心からありがたく、

大切なものだと感じてほしいです。

小さな子なら、野坂昭如氏の小説をもとにジブリが作った

「ほたるの墓」など見てから、

一緒に話をする機会を作ってもいいのではないかと思います。

幼いなりに感じるものもあるでしょう。

その中で流れる埴生の宿
(はにゅうのやど、原題:Home! Sweet Home!)

甘くせつないこの曲には、故郷への想いや

あたたかな家庭のおだやかな風景が込められています

それだけに戦争の悲惨がより強く感じられるのです。

何かささやかでもいいから、少しだけ戦争について

大人も、子どもも考えるチャンスを作ってみたいですよね。


一昨日は我が家の近くで花火大会がありました。

441.jpg

いつものように屋上にあがって

ござを敷いて、家族そろって花火を見ます

みんなで見上げるその花火の美しいこと

こんな花火が見れるのも、平和があってこそ

その平和を考える機会を与えてくれる

8月6日、そして9日、また終戦記念日。

ちょっとだけ、子どもに戦争の話をしてみたいと思います。

NO MORE HIROSHIMA,NO MORE NAGASAKI

そう心に刻んで。

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花火の写真はスマイリー撮影





posted by ゆる子 at 06:15| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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